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「ふあ〜ぁ」
死者の魂を送って行く最中に、黒無常の気の抜けた大あくび。三途の川の船頭に魂を預け終わったわ白無常が呆れた顔で黒無常を覗き込んだ。
「なんですかまだ他の魂を迎えに行かなくてはいけないんですよ?もう少し真面目にして居て下さい。」
「ん〜〜へ〜い」
白無常の注意に返事をしながらも、また大あくびをする。
「全く…魂を迎えに行くのも気を抜けないのですから…しっかりして下さい。」
頬を膨らまし言う白無常に頭を掻きながら返事をする。それが日常と言ってしまえばいいのだが、最近の黒無常は前にも増して気だるげにして居た。
今日の仕事を終えて、2人は自分達の住まいに帰ってくる。簡単に食事を済まし風呂で汗を流すと、お互い時間を自由に使う。
白無常は書物を読みながら黒無常をチラリと見る。自分の鎌を手入れしている様だが、やはり眠たそうなずっと顔をしている。
「……」
見つめられている事も気づかない黒無常。
白無常は気づかれない様に小さくため息をつく。
「僕はそろそろ休みますね」
「ん?あぁ…もう宵の淵か…俺も休むとするか。」
そう言い鎌を片付けると、寝部屋へと向かう。初めのは互いに分けていたが、いつからか同じ部屋で眠る様になった。畳に二組みの布団を敷き、いつもの様に床につく。
「おやすみ 白無常」
「おやすみなさい 黒無常」
互いを確認し合うかの様に言葉を交わし、眠りについた。
どれくらい時が経ったのだろうか…
喉の渇きで白無常がふと目を覚ました。
自分の隣に目をやると、布団の中はもぬけの殻。起き上がり部屋を見渡しても、黒無常の姿がなかった。
「……黒無常?」
少し心配になり声を出す。部屋の外に気配を感じて、ゆっくり起き上がり部屋の外へ出た。
「……黒無常…どうしたのですか?」
部屋の縁側の柱に背中を預け、夜の闇に目をやる黒無常の姿。居たことに安堵した白無常は声をかけた。
「ん〜なんだ、起きたのか?」
やはり気だるげな顔…白無常は小さくため息をつく。
「黒無常貴方…眠れないのですか?」
「あ…あぁ……眠りが浅くてな…」
白無常から視線を外し、また闇を見つめる。
「……最近…いえ、ずっと眠ってないのですね?」
「ん〜いつからか…忘れたな。」
そう笑いながら黒無常は言う。
眠れない…大体の理由は察しがつく…黒無常に残った自分には無い生前の悪夢…それが頭に焼きついたままなのだろう。
鬼使いは前鬼使いから引き継ぐ時に、生前の記憶を消す。過去の悪夢から放たれ、黄泉の仕事をこなす為に。しかし黒無常には記憶が残ったままだ。嫌でも思いだしてしまうのだろう…焼きついた辛い記憶を。
「全く……夜風は身体に悪いですよ?」
「まぁ、俺たちの身体なら別に害はないだろ。」
既に死んでいる自分達には害はない…だが体は癒やす必要はある。白無常はまた小さくため息をつき、寝部屋から掛布を1枚運んで来た。
「白無常?」
「こうすれば少しは身体を癒せるでしょう。」
胡座の黒無常に背中を預け、白無常は掛布をかける。
「おっおい?」
「眠れなくても目を瞑るだけで身体は休めれます。また、フラフラされたら僕が困りますから。」
そう言われると、黒無常は文句を言えない。
仕方なく白無常を後ろから抱きしめ暖をとる。
「……黒無常……僕はここに居ますよ。たとえ貴方と共に居た記憶は無いでしょうが…貴方の弟だった者は貴方の眼の前にいます。」
「……」
「僕は居なったりしませんから…」
辛い記憶には…黒無常の眼の前で命が奪われた弟の姿…手を差し伸べても崩れ落ち…触れた肌は氷の様に冷たくなった。
今目の前には…あの頃よりも互いに成長した姿。暖かい…抱きしめる事もできる。あの頃とは違う…。
黒無常は白無常の髪に顔を埋め、ぎゅっと抱きしめた。
「ずんな…白無常…」
「僕たちは今共に居ます…それだけは忘れないでください。」
その言葉に…黒無常は…『ありがとう』と言い、そのまま目を閉じた。
その後…黒無常は少しだけ眠れる様になった。
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